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『ノートルダムの鐘』には、城の屋根でのアクションを連想させる場面があり、『アトランティス失われた帝国』での水中から都市が現われるシーンに似たシーンもあり、後で述べるが他の作品との禁似点でも問題になった。
『アトランティス失われた帝国』に続いて公開された『リロ・アンド・スティッチ』と監督自身が語っている。
宮崎だけでない。
大友克洋でも押井守でも同じだ。
両監督と個人的な親交があるハリウッドの映画人に、ジェームズ・キャメロンがいる。
キャメロンが『ターミネーター2』を作るときに、自らが「キング・オブ・マンガ」と呼ぶ大友東洋に絵コンテを描いてもらおうとしていたことはよく知られているが、ターミネーターの世紀末的なイメージは、明らかに大友監督の『AKIRA』の影響が認められる。
さらに『GHOST』のアニメーター数人を引き抜き、ハリウッドでアニメーションを掘らせようとさえした。
日本のアニメーションに魅力を感じて、関係者を連れ去ろうとする者もいれば、日本に来て、日本のアニメーターたちと一緒に制作したいと思う者もいる。
リーダーのサヴィン・イートマン=エッフエル氏は、名前からもわかるように、パリのシンボルとも言えるエッフェル塔をデザインしたギユタス・エッフエルの孫である。
二〇〇三年に私がパリの彼の仕事場を訪問したとき、彼は、来日準備のため、同僚の二人のアニメーターと日本語の勉強をしていた。
彼が仕事場を東京に移したのは、日本で作られているようなアニメーション、要するに筋立ては禁じられ、子どもは興味を一週間も維持できないとして一話完結でなければならないとされてきた。
主役は男と決まっていた。
しかし日本のアニメーションは、複雑で奥の深い物語を、長い時間をかけて物語る。
そして主役は少年であったり、少女であることが多かった。
彼は日本のアニメーションのように、連続する物語を、そして少女を主人公とするフランスのための「アニメ」を作るために東京にやってきた。
日本のアニメーションはあまりに大きな成功を収めたため、フランスでは社会問題ひいては政治問題にもなった。
一九八三年には、ミッテラン政権の文化大臣ジャック・ラングがームーン』があまりにも大きな成功を収めたため、日本のアニメーションを排除するために、放映比率を定めた。
後に雇用・連帯省付家族・児童担当大臣に就任する社会党議員セゴレーヌ・ロワイヤル女史は、一九九一年に日本のアニメーションを批判する本を出版して、話題の人となった。
以前、あるハリウッドの大物がこう私に言ったことがある。
こういった冗談が成り立つほど、日本のアニメーションの存在感は大きい。
欧米のビデオショップで、アニメーションでまとまった棚が取れるのは、ディズニーかアニメだけだ。
そのディズニーは、対象を三歳から七歳に定め、ストーリーを単純化し音楽やギャグなどでつないでいく。
そういったアニメーションの世界に向かって、大友克洋は『AKIRA』で、アニメーションは子どもの専有物ではなく、大人のための表現にもなりうるのだということを宣言した。
それにキャメロンはいち早く反応し、欧米の映画人は口を揃えて、日本のアニメーションは大人のものだというようになった。
日本のアニメーションが開拓してきた大人のアニメーションが世界で認知されるようになったとき、スピルバーグのドリームワークスが、その市場への参入を試みてきた。
『ライオンキング』をはじめとする作品でディズニーのアニメーションを復活させ、スピルバーグとともにドリームワークスを設立したジェフリー・カッツェンバーグの挑戦である。
『プリンス・オブ・エジプト』などの失敗の後、『シュレック』の1と2でついに成功を手にした。
両作品とも、その年の最高の興行成績を収めたのである。
当初、アニメーションなのに複雑なストーリーであることにとまどい、制作を蹟躇するスタッフに向かって、カッツエンハーグはこういって説得したという。
ォーズ』で道をつけたVFX映画のジャンルをCGに向かわせる決定的な役割を果たした。
それも、大友の世界観に触発されて、アニメーションでしか表現できなかったものを、実写映画で表現しようとした意図的な最初の試みだった。
キャメロンの限定的な試みを映画全編にまで拡大したのが、『マトリックス』であった。
殻機動隊』を元にして作られたことは、監督したウオシャウスキー兄弟自身が認めている。
ように述べている。
彼らは興奮気味に、『今のを見たかい、僕たちはこれを実写で掘りたいんだ』と熱く語ってくれたことがある」 彼らとは監督のウォシャウスキー兄弟のことだ。
また、『マトリックス』のアクションシーンは、鈴木裕のビデオゲーム『バーチャファイター』シリーズのCGの無機質なイメージを転用したものだ。
倒されたエージェントが起き上がるときの動きなどは、明らかに『バーチャファイター』そのものだ。
ウォシャウスキー兄弟は、『マトリックス』公開後、鈴木を何度か訪問している。
ティーが大友の『AKIRA』と共通しており、世界の映画業界で注目される存在になっていった。
一九八〇年以降、日本の実写映画は世界映画界で存在感を失なっていたが、アニメーションだけは、海外作品の下請けや、海外への販売、国際共同制作、そしてジェームズ・キャメロンなど日本のアニメーションを評価するビッグネームとの交流を通じて、海外の映画界とアクセスする機会を維持することができた。
先端技術についても、すべてのアニメーション関係者が、CG使用について、自己の死活問題としてつきつけられたため、新しい映像技術を他人事ではなく、自己の問題として真剣に考えることを迫られた。
そのため先端的な映像技術について継続的に触れていた。
押井守が『攻殻機動隊』に続いて発表する予定の『G.R.M.』のパイロットフィル51ムを、高田馬場の小さなビルの一室で見せてもらった日のことをいまでも鮮やかに思い出す52ことができる。
一九九六年か一九九七年だったと記憶している。
それは、押井が監督を予定していた実写映画のイメージを、プロダクションIGがアニメーションで作った五分あまりのパイロットフィルムで、押井が常々語っていた「アニメの手法で実写を掘る」ということを実現しようとしたものだった。
完成のあかつきには、実写の人物が、CGやVFXで作られた背景などとデジタル合成されたものになるはずだった。
一九九七年十月二十八日、バンダイビジュアルの「デジタルエンジン構想」発表会が赤坂プリンスホテルで開催された。
デジタル映像の時代を見据え、押井と大友というアニメーション業界の二大監督を擁し、デジタル合成の実写映画とフルデジタル・アニメーションというスケールの大きな構想に、私も大きな期待をよせ、協力を依頼されたとき、できる限りのことはしてあげたいと、機材協力に奔走したこともあった。
結局は二人の壮大なプロジェクトを両方ともにかかえ込むことができなくなり、「アニメの手法で実写を掘る」という、当時としてはあまりにも革新的な押井のプロジェクトは後回しになり、デジタルエンジンは資産を大友監督の『スチームボーイ』に集中させることになってしまった。
押井守は、「デジタルエンジン構想」に振り回されることとなり、『攻穀機動隊』の一九九五年から『AVALON』発表までの五年間、作品を制作できないことになってしまう。
その間に、ウオシャウスキー兄弟が「アニメの手法で実写を撮る」ということを実現してしまう。

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